通り過ぎる風

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ドタキャン

ここは平地に小学校、少し高台に中学
さらにその坂の上に、海が綺麗に見える高校があります
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12時までに行くように、何度も言ったのですが
遅れていたので、3年生の2人の学生さんの車を
原チャリで近道を誘導して、初めて行ってきました
・・・こんなことになるんじゃないかと、ちょっと予感が(笑)

しかも・・・
前日の昼間、電話があって
「キャンセルしたい!」と
電話を変わったダンナが
「ダメ!絶対!ダメ!400人からの高校生が待ってる!
probablyじゃだめ!definitely!・・・・・」
で、もう一人、その日は福岡に行ってる学生さんと
あっちこっち延々と仕事中に電話で言ったんだけどなぁ・・・
やっぱり、直前になると、怖いわなぁ・・・


もともとは、8月はじめの頃だったか
少し忙しかった昼
真っ赤なBMのバイクが家の前に止まって
「今日はお願いがあるんですが・」とやってきた知り合いの高校の先生
「手が空くまで待ちます!」と・
で、
何ですか?と聞くと
「今日は折り入ってお願いが・・・
今度の登校日に、学校に来て、お話して欲しいんですが・・・
20~30分でいいんです!
DVDを見た後に!」
テレビ大分で放送になった番組 と 
大分県の人権同和対策課の人権啓発映像教材のDVD を見せた後に、少し話をして欲しいというものでした
ダンナはすぐ断わりました(笑)
平日仕事中の時間です
「奥さんでもいいんですが・」
それこそとんでもないです!(笑)
「校長に土下座してお願いしてくるように言われてます!」
日にちも迫ってきていたのでしょう
国境無き医師団のナントカさんとか、
アフリカの難民でここの大学に来ている学生とか
いろいろ候補はあったらしいですが、
いかんせん、ナントカさんはスケジュールギッシリで
難民だった学生は、日本語がまったく話せない・・・・・・・・・・・;;;;;;;;;;;;;;
で、うちっ?(爆)

とにかく、こんな良く知った近所のオイサン、オバチャンが話すより
目の前にいる学生さんに話してもらったら?と提案して
その日になったわけですが、
番組にもでたアパートにいる学生さんと2人
双方からOKをもらって、
後はお互い連絡つけて下さいと電話番号なども渡しているのですが、
なかなか・・・
で結局一度も直接会わないまま当日となったわけで、
ビビルわね~

高校に着くと、先生が玄関から即!出てきて、
校長先生、教頭先生などにご挨拶して
体育館に入ってはじまって・・・こっそり 帰ってきました(ふぅ~笑)
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少し前まで高校生だった二人
どんな話をしてくれたのか
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帰りに寄るように言っていたので、
説教のお土産をたんまり渡しました(笑)
高校の校長先生をしていたお父さんと、
今度卒業して帰るお姉さんも一緒に行くと言っていたのに
来ませんでしたし・

ずっと以前アパートにいたAちゃんが
「怖くないですか?」と聞いた事があります
ドタキャンか?「そう・・・・」
町おこしのイベントで留学生さんで踊れる学生を探していた彼女は
何度もドタキャンをくらっていたのでしょう
去年のナイトバザールもスリランカ舞踊は1週間前にキャンセルされました
7月だったか、
やはりTVを見たどことかの道の駅のタカハシさんという方からも電話があって
以前夏休みに来て踊ってもらった学生が映っていたそうで、
卒業してしまったので、だれか紹介してくれないかと・・・
こんなことばかりで、簡単にはできないんですわ
私たちは若くないので・・・どうしていけないのか話をしなければ・・・
お国と日本の違いを・・・

夕方先生が寄ってくれて
「校長先生は、ご機嫌でした!よかった~肩の荷がおりました!」と
「ただ、
なんでここの大学にきたんですか?って生徒が聞いたら、
I君ですかね、やってくれました・・・
【ボクは頭がよかったからここの大学にきました!】って・・・」(爆)
文化の違いやな~・・・

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by stefy3 | 2008-08-24 07:05 | 近所の住人

先輩

名古屋の大学院に行った学生さんが、仕事があって帰ってきて寄ってくれた

また「帰れ!」って言うまでいた!とダンナが笑っていた

翌日は「今から大学に行ってきまーす!」と
バイクを借りてきたと嬉しそう
ここはhealしてくれる場所 と言っていた


さて、今日は海士町で働くサミ君が外国人による日本語弁論大会に出場する日
応援には行けないけど、自分の言葉で、頑張って欲しいなぁ~

****************************************
=追記=
こちらに写真とコメントがあります応援に行かれた岩瀬さんの報告ものっています。時間がありましたら、トロフィーを持った姿、見てやってください。

ちなみに・・・最初のバイトに行く前の日、「10分前、5分前に、着くんよ」とアドバイスした大きなお世話のオバチャンでした。。。(笑)

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by stefy3 | 2008-06-14 07:55 | 近所の住人

ビックリ×100!

医大に搬送されて手術した24歳の新婚の奥様のお見舞いに、
「明日行こうか?」と言うので、ご主人に電話したら、
もう近所の医療センターに転院してる!と言うので、すぐに行った

リハビリに行ってると言うので待ったけど、
なかなか戻ってこないので私は会わずに帰って来たけど
ダンナが写真を見せてくれた
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翌日、私も、残り物だしハラルじゃないけどカレーを持って行った


鮮やかなピンクのバングラの衣装を着て
スカーフをはずし、三編みのお下げで
言語の障害が少し残るためゆっくりゆっくり話す奥さんは、
少女の面差しだった
胸に葡萄の様なネックレスが光っていた
「今日が結婚記念日なんですよ」と御主人が照れくさそうに言った
じゃあ、プレゼントなんだ
「夕べ、ユメタウンで選んだ」
あーーっ、いいわね~私なんか何十年にもなるけど
ダンナからプレゼントなんかもらったことないわー!と言ったら、
奥様が、
「今度私がプレゼントするように言って上げる!」と言ってると
御主人が通訳してくれた(爆!)

家に帰って今日が結婚記念日なんだってとダンナに言うと
Aさんが電話してきて
今日は結婚記念日なんだけど、行こうか?って電話があったから
「遅いわ!」と笑ったと
へぇ~いいなぁ~~


それからビックリしたもう一つは
Pちゃんがいよいよアパートを出る時、
超人見知りの同じスリランカの学生さんが
部屋のドアのところでお別れをしていたと思ったら
ちゃーんとタクシーのところまでお見送りに来た事
へぇ~~
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by stefy3 | 2008-03-21 08:00 | 近所の住人

楽しいお別れ会

アパートのお別れのパーティーも
みんな忙しくてなかなかできずにいたので、
スリランカからお父さんが来てるし、Pちゃんのお別れ会に
アパートのみんなも誘った
集まったのは、Pちゃん、Pちゃんのお父さん
日本人の卒業する子、そのBF,
偶然前の晩電話をかけてきたスリランカの大学院生と奥様
もちろん、時間キッチリに来たのは、日本人のカップル(笑)

Pちゃんのお父さんが
用意したご飯を食べて
「スリランカに帰ったみたいだ!」と盛り上げてくれる
英語もあまり話さないと聞いたので
毎朝「おはようございます!」と言うと
「おはようございます」と返してくれた
・・・悩みに悩んだメニューは、やっぱりインド料理だったんだけど(爆)

大学院の御夫婦も我が家のはじめて見えられた方で
こんなスリランカ人はじめてっ!
って位面白かった!!
我が家にはお土産を持ってきてくれたけど、
仲良くなったアパートの日本人の学生さんに
自分がしていたブレスレットをあげた
「えーほんとにいいの~」と言ってたら・・
走って部屋に行って、可愛いブレスレッドを持ってきてプレゼントしていた

なにがおかしかったって・・・
「日本の食べ物は何が好き?」って私が聞いたら
「ゴハン、スープ・・」って、味噌汁はしらなかったんだけどね(笑)
野菜や材料が延々と続く・・蕪とか・・怪しい・・・と思っていたら
「どうやって食べるの?」と日本人の学生さんが聞く
カレー!」・・・やっぱり!なんでもカレー!(爆!)

「あと、ジュウソウ!1パックに10個位入っている・・・」
ジュウソウ??炭酸?じゃないしね・・・
御主人が絵を書いてくれたけどね~
携帯に写真がある!と言うので見ると餃子!
なんで、どこで、餃子がジュウソウになる??

他にも、歌を歌えとか、なら自分が歌うとか、奥さんは上手なんたとか・・・
いや、ヘタじゃないけど、
さっき、Pちゃんは、スリランカで流れているこの曲は
お母さんが前歌っていて、高校生位からは私が歌っているのって
プロじゃーーん!っていったばかり
きっと日本人の子達の方も
カラオケとかで上手だと思うよ、数段って具合
BFもご主人と仲良くなって(幸か不幸か・・・笑)
ずっと喉が痛くて、少しよくなっていたけど、
笑いすぎてまたぶり返してしまった(笑)
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by stefy3 | 2008-03-20 07:43 | 近所の住人

東京に行って罹る3つの病気

半年前に卒業したNちゃん、
今はお洒落な青山の会社に勤めています
弟の卒業式で帰ってきました

とても優しくて仲良しだったので、
聞きにくいけど、気がかりだった事を聞いてみました
「ここでは、みーんな留学生って分かるけど、
東京に行ってパスポートの呈示とか・・・」
私の心配を読んで、さえぎるように
「一度もないよ、おかあさん。住んでる町の人は優しい」
「UKに行ったSは?」
こちらも、言いにくそうに
「カルチャーショックがあったって・・・」
・・・そう・・・

「でもね、東京に行って3つのsickに罹ったよ!」
1つは、ホームシック
2つ目は、フレンドシック
で、3つ目は、別府シック!(爆!)
あ~別府の人と、市長さんに聞かせたいわね~~(笑)

些細な事も上手に日本語で話してくれるこの兄弟
姉は多国籍が働く日本企業で、
弟は外資の8人しかいない外国人社員
「4年間お世話になりました」って・・・なんにもしてないよ。。
人事の面接官も見逃さんかったなぁ~と笑った
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アパートのPちゃんのお父さんの迎えを頼まれたD君が来て
「連絡がねーから、どげーなっちょんのかと思って」と顔を出した
もーすんばらしい大分弁で・・・大分のオイサン!か?
帰りがけ、ドアを閉めかけて振り返り、
「おかあさん、昨日来んかったのー・・・」(怖!)
見逃さんな~・・・そこは、見逃せよ~!(爆!)
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by stefy3 | 2008-03-16 06:42 | 近所の住人

ドドーーン!と青唐辛子!

「じゃあ、私が 日本のカレー作ろうか?」


と言う事で・・・

久々に インドのお母さんスタイルで・・・
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と思いましたが、あぐらがかけない!ので、
片ひざを立てたら・・・韓国スタイル??


秘密兵器は、フリーザーにためこんだ・・・
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ニンニクたっぷり!生姜も黒胡椒もグリーンカルダモンもっ!
そうそう、カランピンチャもカレーパウダーも入れたら、
どこが、日本のカレー?(爆!)
ダンナは、一つじゃ足りない!と
我が家の大きな鍋1号と2号二つ分

今日はスリランカの学生さんの送別会で、卒業式に出るため御家族も沢山来日されてるそうです
「先生の奥さんが、カツレツ100個作ってくれる!」

ほか弁でも喜んでくれるよ!
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by stefy3 | 2008-03-13 07:48 | 近所の住人

続・コロンボ フォート駅で

「S君と連絡が取れてインタビューするんですが
アパートではマズイようなので、そちらで・・・
いいですか?」
・・・また片付いてなくてイヤなんだわ。。。(笑)
そんなことで、先日のフォート駅での自爆テロ出なくなった友人の話の取材があった

S君は、バイトとバイトの合間にやってきた
2時ごろbomb blastがあって、
共通の友人がすぐにコーチをしている友人の携帯に電話を入れたが、
返事は警察からで、
すぐに病院に行くと集中治療室で、彼は亡くなっていた と
「だからオレはすぐに知った」 と言う事らしい
キャンディーでの試合の帰り
その時間より早い電車で帰ったメンバーや
試合がまだあって5時の電車で帰った人々は難を逃れた
亡くなった一人はタミル人のメンバーだった
「タミル人でも、みんなは悪くないね
タミル語が話せなかったら英語で話すし、
タミル語で話せる人は、タミル語で話をするよ」

2月4日、翌日が英国からの独立60周年を祝う記念行事があったからだろう と
「オレが学生の時、毎日行った駅だからね
こっち側にcafeがあって
女の子はアイスクリームを買いに来てbomb blastにあった」
12歳の子だった


日本語でも重箱の隅をつつくように探せば
そのニュースは書いてあるけれど、
遠い国の話は
何人死んで、何人の負傷者が出たとか
そこに人のニオイはない
この話を聞いて、TV局の人が
キー局から映像を送ってもらおうと言ってたが、
you tubeは使えないんだな・・とつぶやいてたのは、
映像がないのかな

私たちが見ていた映像には
立派な体格の青年が 真っ白なベッドに 腕を組んで横になって
若い奥さんと1歳半になる男の子が側にいた
「なにも分からないね
オトサンがどうして寝てるのか・・・」

真っ白なベッドが並ぶ3つめか4つ目は棺だった
「これは・・・」
「見せられないね。
多分、首がないとか、バラバラだったり」

インタビューの最後に何が一番欲しいですかと聞いていた
「peaceね
シンハラ人も、タミル人も、モスリムもクリスチャンも、
みんなpeaceが欲しいね」と笑顔で答えた
大抵のスリランカの学生、
スリランカに限らず多くの途上国からの学生に
「就職は日本でしますか?」と聞くと
こう答える
「日本で経験をもらって
帰って自分の国と日本のための仕事をしたい」
そうだね、
サミ君も日本からの沢山のODAなんかを
今日食べるための千円じゃなくて、
自分達で千円稼げるように使いたいと

TV局の人達が帰った後
S君がbomb blastの瞬間の映像を見せてくれた
オフィスに入るドアの前に並ぶ人々
一番前には、髪をきりりとまとめ、品のいいシルクのサリーを着た
映りの悪い映像でも分かる美人でしかも若い
次の瞬間、オフィスの部屋の中
デスクの一番前にいた彼女が飛んで倒れた
「きっとボディーチェックが入って
次の人か後ろの男の人が怪しいね」
you tubeには国の今を伝えたい映像が沢山あった

彼は
部屋が汚かったからじゃなくて
誰か、
その話に寄り添って欲しくてここにしたかったんだと思った
「今から商店街の集まりで今夜は鍋だから
そこでご飯食べさせてもらってバイトに行ったらいいよ」
「あんまりお腹いっぱいになると朝6時まで眠たくなるよ!」と笑って
初めての日本の鍋や旨煮を食べてバイトに行った
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by stefy3 | 2008-02-24 07:15 | 取材など

いざ隠岐の島へ

東北で生まれた私は、
東京で学生時代と少しばかりの仕事の時間を過ごし、
この町に来る時も、まさか九州に来るとは思っていなかった

スリランカで生まれた彼も、この町の大学へ来て、
東京に就職し、まさか隠岐に縁があるとは思っていなかっただろう
何が彼をそうさせたのか
見に行ってきました

山陰は初めての旅でした


朝、5時半前に出発
福岡発7時50分に間にあうバスはないので、車で

c0023323_5401100.jpg 途中の山田SA(朝倉)で
山の端が白み始めました

c0023323_5451172.jpg 福岡空港から 出雲空港へ
出雲から、隠岐空港へ向かいます

c0023323_5464951.jpg 初めて日本エアーコミュータに
旋回するときは、結構スリルがありました(笑)

スウェーデン製の機体で よかった~(笑)

c0023323_5523023.jpg 関門海峡上空

c0023323_5533255.jpg 出雲空港は、雪がどっさり!

c0023323_5541785.jpg 隠岐の空港の方が雪が少なかったです

c0023323_5563233.jpg バスで西郷港に行って

c0023323_5573020.jpg いよいよフェリーで海士町に

普段の時なら、
境港から高速艇で1時間だそうですが、
2月は海が荒れているので休みでした


1時過ぎにようやく着くと、走って階段を上って来る彼がいました


c0023323_63477.jpg ちなみに帰りは
フェリーで境港に出て

c0023323_635277.jpg バスで松江に行き、
2時間待って
出雲空港にバスで向かい 帰ってきました


帰りは、朝9時に宿を出て、たしか9時50分のフェリーでしたが
家にたどり着いたのは 夜の8時半でした

地図で見たら、ずっと近いのに
実家に帰るより
韓国に行くより
ベトナムに行くより 遠い旅でしたが
そんなことより、ずっとずっと心に残る時間

島で「サミちゃん」と呼ばれて暮らす彼を見ることができて
忘れられない時を過ごしてきました
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by stefy3 | 2008-02-21 06:15 | 取材など

海士町へ

「一緒に  行きませんか」

そー言われてもね~
仕事もあるし、娘もいるし、、、、

「ボクは行こうと思います
一緒に海士町に行きませんか」

ダンナ
「お前が一人で行けば?
仕事はいいから」

「おとーさんが行かな話にならんやん!!」

「でも、電車とフェリーで12時間だぞ!

そりゃ~韓国に行くより、
実家に帰るより、
ベトナムに行くより、
遠いなぁ・・・・


結局、二人で行く事に

その海は彼のふるさとのBentotaに似てるでしょうか

お土産持って行こう
焼酎とカボスも
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by stefy3 | 2008-02-17 22:11 | 取材など

ありえない「もしも・・・」

「フォート駅の爆発で、野球チームのメンバーが亡くなっているらしい」
と帰って来たダンナが言った
拍動が激しくなるような気がしたのと反対に
心はフェードアウトするような感じだった

S君に連絡をしたが、多分バイトだろう
電話がきたら渡して、と


S君の写真は、
先に来ていたお姉ちゃんのアパートで見せられた
「今、ソウルにいます!」
「なんで??」
「野球の大会があって」
自慢の弟の写真を見せてもらった
それは、スリランカの代表チーム
笑顔のユニフォーム姿の青年達が写っていた

電話は、残念ながら野球チームのメンバーとコーチ8人が
本当に亡くなったと言うものだった


もし日本のような平和な国だったら
まだまだ白球を追いかけて
青春を謳歌している年頃の青年達

もし日本だったら
その大好きな野球で生活もできて
もしかしたら、
親孝行も出来るほどの報酬を稼げたかもしれない
S君も、野球を捨てて
はるばる海外まで来なかったかもしれない
バイトに追われる長い休みを過ごさなくてよかったかもしれない
なにより、そこにいたら
巻き込まれていたかもしれない

もし・・・もしも・・・
でも、その笑顔はもう戻ってこない
笑顔の青年達の命を奪ったのもきっと若者
女性だったかもしれない
ありえない「もしも」がずっと続く・・・
距離を越えて、戦争の恐怖が迫ってくる


ついこの前、ワールド・トレードセンターのビデオを見ていた時、
娘が
「アタシ、この時、
しんけんTさんとPさんに慰められたわ~!」と言い出した
そんなことがあったの・・・
T君とP君はインドからの兄弟
そう・・・
お母さんには、僕らの核はセカンドユースと譲らなかった彼

インドとパキスタンに緊張が走った晩、
私は近所のインドの学生さんの所に遊びに行っていて
ドーサとラッサムを作って待っていてくれたDちゃんは
絞り出すように
「戦争は・・・ダメだよ・・・」
と焦点の合わない瞳で遠くを見ていた

「で、TとPはなんていったの?」
「大丈夫!日本では絶対戦争はないよ!ってっ!」


ダンナが見つけたYou tubeには
娘のような幼い少女の犠牲者の顔もあった
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by stefy3 | 2008-02-10 07:58 | 近所の住人